副検事になるための法律講座

そんなブログ沢山ありそうですが…

検察官と警察官の役割分担

1 犯罪捜査と言えば警察官、そして刑事裁判と言えば裁判官。一般の方からすると、この2つの職種は、関わったことはなくても良くご存知なんですよね。ところが、検察官となると、途端に一般の人はイメージが湧かなくなります。せいぜい、政治家が絡む事件の時に、「地検特捜部」なるものが関わっているらしい、という程度です。

  しかし、実際には、犯罪捜査にも、刑事裁判にも、検察官は深く関わっています。今回は、特に犯罪捜査の場面について、検察官と警察官の役割の違いを話してみます。

2 警察官も検察官も、どちらも捜査機関です。権限としては、どちらも犯罪捜査に関しては、ほぼ同じようなことができます。そういう意味では、どちらも似たような存在にも思えます。しかし、制度としては異なる存在として存在しています。具体的にどんなところが違うんでしょうか。

3 警察官から行きましょう。警察が犯罪捜査において優れているのは、その圧倒的なマンパワー、捜査資機材、資金です。一般市民が見慣れている所轄署(住民の地元にある警察署)の刑事課等では、1つの係に通常は係長の警部補のほか、巡査部長と巡査を合わせて3〜5名がいます。まあ、場所にもよりますが。そして、1つの係で、身柄事件を1〜2件、さらに結構な数の在宅事件を担当しています。係長は、できる限り複数の身柄事件を担当することを求められますし、特に繁忙な警察署では、身柄事件が2件では済まないこともあるようです。東京の警視庁だと、三大繁忙署は新宿、池袋、町田でしょう。ちなみに通常刑事課長は警部ですが、この三署は、刑事課長は「警視」です。地方の小さい警察署だと署長が警視です。

  ちょっと話がそれましたが、要するに、警察は、圧倒的な捜査資源によって、犯罪捜査に対応をしています。まあ、犯罪なんていきなり発生するものもありますし、じっくり捜査をする事件は、それはそれで大掛かりになりやすいですから。捜査資源が豊富でないと、そもそも対応できません。また、幹部警察官というのは、こういう大量の捜査資源を使いこなせなければなりません。例えば、大掛かりな事件の帳場(事件捜査の本拠のことをこう言います。通常は、県警本部が投入される事件について、事件を管轄する所轄署の中に置かれます。)だと、捜査に従事する警察官が30人とかいることもあります。この30人に対して、誰が何をすべきなのかをコントロールしなければならないのです。かなり大変なことです。

  このように、警察官は、犯罪捜査のプロです。そして、いわゆる刑事の方は、「畑」と呼ばれる専門分野を持っていることが多いです。強行犯、盗犯、知能犯、薬物銃器、組織犯罪、交通、公安等。それぞれ、独特な捜査手法があるため、全てをできるようになるのではなく、1つまたはいくつかの専門分野についての知見、経験を重ねることで、犯罪捜査官として成長をしていくのです。また、警察官は、犯罪捜査だけでなく、地域課(いわゆる交番勤務)、警備、留置など、犯罪捜査以外の部門も併せて経験することが多いです。特に、交番勤務経験が全くない警察官の方は、巡査から任官した方にはほとんどいないと思います。

4 では、検察官は犯罪捜査において、どういう特徴がある存在なのでしょうか。まず、大きな特徴は、「法律のプロ」であるということです。犯罪捜査には、あらゆる法律が関わってきます。犯罪を定めているのは法律。捜査手法を定めているのも法律。刑事裁判の進め方を定めているのも法律。もちろん、警察官も法律の勉強はしています。そして、すごいことに、彼らは、法律のプロではないにもかかわらず、経験と直感で、かなりのレベル間で法律問題をクリアしながら犯罪捜査を進めることができるのです。ただ、やはり警察官は法律のプロではありません。その部分を、法律家である検察官が担っているのです。特に大きいのが、「この事件を刑事裁判にかけたら、どこが問題になるのか。」ということを予め考え、どの部分に捜査資源を重点的に投入するべきかを見極める、ということです。これは、別になんでもかんでも犯罪にでっち上げるという意味ではありません。ただ、法律家であるため、「自分がこの事件を刑事裁判で弁護するなら、何を主張してどう争うだろうか。」ということを検察官は考えることができます。何を争われるか、といういわゆる「争点」について、法律家であるからこそわかるのです。そして、その部分に捜査資源を重点的に投入するべきである旨を、警察官に助言できるのです。もちろん、これは、なんでもかんでも犯罪に仕立て上げる、ということではありません。捜査を尽くした結果、罪に問うことができないと分かれば、それは「撤退」という選択をすることになります。いわゆる「不起訴」ですね。そのほかにも、検察官の役割として、被害者や参考人の供述を、刑訴法321条1項2号の書面として、供述調書化するなどもあります。ただ、一番大きいのは、やはり「犯罪捜査の法律的な分析」だと思います。まあ、他には、捜査手続の適法性が問題になったときに、適法か違法かを見極める、なんていうのもありますが。

5 この検察官の法律家としての役割が最も強く現れるのが、「警察からの事前相談」の場面です。警察官は、犯罪捜査の中で、特に難しそうな事件については、事前に検察官に相談に来ることがよくあります。警察官が相談に来るくらいですから、もちろん色々な問題があったり、難しい事件のことが多いです。これを、きちんと法律家として事実関係を把握し、法律的に分析するのが、検察官の大事な役割です。そして、この能力というのは、検察官によって、結構大きな差があります。それは、判断のために必要な事実が何かを見極め、そこを警察官に聞く能力もあります。断片的な情報から、事件の全体像を見通す洞察力もあります。その上で、あらゆる法律的な知識、経験を駆使して、その事件にどう対応するべきかを判断する法律家としての能力もあります。事件相談というのは、本来検察官にとって、ありがたいことです。相談なく犯罪捜査を警察官が進めてしまうと、時間が足りなくなってしまうことがあります。事前相談があれば、必要な捜査を、事前にやっておくことができるわけですから。中には、厄介な事件相談もあるでしょう。それでも、「事前に来てくれてありがとう」と思えることが、大事なことだと思います。

6 なお、検察官のもう1つの特徴として、「なんでもできる必要がある」ということがあります。警察官は、それぞれ畑がありますが、検察官は、それがほとんどありません。あるとしたら、東京、大阪、名古屋の特捜部系の検察官くらいでしょうか。しかし、財政経済事件ですら、地方の検察庁に行けば、専門ではなかろうがなんだろうが、やるしかありません。最近、時代の流れとして、色々なことが専門化しつつあり、全ての検察官が全ての犯罪捜査をできる、という状態が維持できるのかは、今後はわかりません。ただ、所体の小さい地検だと、支部も含めて検察官全員で10人位、なんてところもあります。やはり、検察官は、ゼネラリストでないと、やっていけないのです。