副検事になるための法律講座

そんなブログ沢山ありそうですが…

座右の書(コメントへの回答)

1 副検事任官予定の方から、座右の書とすべき参考文献を紹介してほしい旨の質問がコメントにありましたので、今日はこのお話を。

2 検察官としてやっていくためには、いろんなことを勉強しなければなりません。そして、困ったことに、「これだけ読んでおけばOK」みたいな、情報が集約された文献って、ないんですよね。むしろ、逆の印象があります。大昔から、優秀と言われた検事が、数多くの検察官としての心構え、考え方、技術などを、それぞれ(統一性なく、脈絡もなく、好き勝手に)文書に残しています。それが、全く取りまとめられることなく、とっ散らかったまま、順番に時代の流れに埋もれていっているように思います。

  まあ、今は検察のあり方について、時代の流れとともにいろんな意見が飛び交っている所ですから。大昔の優秀な検事の意見が、どれだけ役に立つのか、という根本的な問題もありますよね。

  そういう意味で、「これだけ読んでおけばOK」の座右の書はありません。以下は、全般的な話ではなく、「局所的な目的のための座右の書」になります。

3 そして、いきなり反則みたいな話ですが、日々の捜査・公判活動について、最も役に立つ座右の書は、「あなたが書きとめたメモ」です。

  捜査・公判で大切なことを一番よく教えてくれるのは、「事件そのもの」です。事件は色んなことを教えてくれます。自分自身で気づくこともあるでしょう。自分で気づかなかったことを、同僚、先輩、上司から教えられて気づくこともあるでしょう。そういう事件からの教えは、本当に検察官として自分のためになるものです。ただ、人間は、忘れます。特に、事件から教わったことが増えれば増えるほど、忘れます。なので、事件から教わったことは、毎日毎日、コツコツとメモをしておくべきです。パソコンデータでも、紙でも良いです。これが、最も役に立つ座右の書になるのです。

  もちろん、事件から何かを教わった時、というのは、通常は、「自分がしくじって痛い目に遭った時」です。身柄事件の満期ギリギリでしくじった時や、被害者、警察などから白い目で見られる時など、本当に辛いです。そんな時に、自分がしくじった話をメモに書きとめるのは、いわば「自分で自分の傷口に塩を擦り込む」ようなものです。ただ、だからこそ、メモをする意味があるのです。人が心の底から何かを学ぶ時というのは、自分が痛い目に遭った時です。メモを見返せば、熟読しなくとも、一目で当時の苦い思いが蘇り、自分が学んだことを思い出すでしょう。こうして、このメモは、あなたの苦い思いが込められた、あなたの血肉となるメモに成長していきます。

4 以下はおまけみたいなものです。ただ、座右の書が反則だけでは、ちょっと物足りないかと思いまして。

  座右の書としておすすめなのは、判例時報社出版の「増補 令状基本問題」上下巻です。ただ、Amazonで見てみると、どうも中古しか売ってない見たいです。まあ出版が1996年なので、もう絶版になったのかもしれません。後継の本で、何か類似の本があるなら、それでも良いです。任官したら、地検の令状係に聞けば、その時点で令状係が頼りにしている最近の文献が分かると思います。

  なぜこれが座右の書かというと、特に令状関係のトラブルが発生した時というのは、即断即決が求められる場面が多いからです。捜査なら身柄事件でも勾留期間が最長20日あります。公判でも、通常は次回期日とか、文書提出の締め切りまで、数日くらいは余裕うがあるものです。しかし、令状関係でトラブった時には、「直ちにその場でどうするか、判断して結論を出さなければならない」ことが大半です。逮捕手続について、手当なくそのまま手続を進めるか、一旦釈放して緊急逮捕するか。特に、「細かい食い違いで、感覚的にはそのまま手続を進めても大丈夫そうだけど、本当にそれで大丈夫だろうか?」みたいな、微妙な奴が判断に迷います。こういう時に頼りになるのが、令状関係の座右の書です。「令状基本問題」は、刑事手続の各段階において、いくつかのトラブルを想定して問とし、それに対して裁判官が法的な検討を加える、という形式の本です。大半の令状関係のトラブルについて、何かヒントくらいは乗っています。逆に、令状基本問題に乗っていないトラブルは、かなり手強いものと思って良いです。もちろん、検察官1人で対応するのではなく、検務の令状担当、上司たる検事なども巻き込んで対応すべきです。ただ、やはり自分の意見は持たなければなりませんし、悠長に判例を検索している暇もありません。自分の席に座ったまま、手の届くところにおいておくべき本、という意味では、まさに「座右の書」という感じです。

5 次に紹介するのは、警察官が書かれた本です。著者の久保正行さんは、巡査で警察官に任官し、警視庁捜査1課長を経て、警視庁第7方面本部長として警視正にまでなられた方です。いわゆるノンキャリとしての最高峰でしょう。この方が書かれたのが「君は一流の刑事(デカ)になれ」(東京法令出版)です。DNA型鑑定も、防犯カメラも、スマホの位置情報も、何もなかった時代に、本部事件(犯人性が大きな問題となる殺人等事件)の捜査に取り組んだ奮戦記です。こちらも、Amazonで見たところ、中古しか扱いがなく、絶版のようです。2010年初版ですが、まあ、文体からして、読み手についてほぼ捜査官しか想定していないような本なんですよね。題名からしてそうですし。一般の読者置いてけぼり、というのでしょうか。そういう意味でも、特異な本と思います。

  検察官として捜査・公判に取り組んでいくうちに、何年も経つと、「慣れて」しまうことがあるかもしれません。似たような事件ばかりと感じて、モチベーションが下がるかもしれません。手間のかかる事件を担当することになって、腰が引けてしまうかもしれません。人間ですから、そういう気持ちになることが、悪いとか駄目とは思いません。ただ、そういう時に、自分を奮い立たせるものが必要と思います。昭和のリアルブラックな状況の中で、「選ばれし捜査1課員」のプライドを胸に、事件に対する情熱を燃やし続けた警察官の姿は、きっと励みになることと思います。この捜査1課の「S1S」のマークを、警視庁捜査1課の方は、本当に誇りに思っています。

6 コメント主の方は、もしかしたら、任官までの間に勉強するための参考文献を望んでおられたかもしれません。ただ、そういう本は、なかなか座右の書にはならないと思います。というのは、基本的に、勉強のための本というのは、「最終的に本の内容を自分で身につけ、本がなくても大丈夫な状態に持ち込む」のが目的だからです。座右の書というのは、「いくら読んでも、その中身を全て自分の中に取り込むことが難しい」からこそ、そばに置いておくものと思います。そんな考えから、座右の書を紹介しました。もし、リクエストとずれていたら、すみません。

7 なお、紹介した2冊は、どちらも絶版になっているようです。ただ、だからと言って、諦める必要はありません。検察庁には、資料室という名前の図書館的なものがあります。そして、ここは謎めいたほど古い本が、なぜか当然のように並んでいるところでもあります。令状基本問題は、きっとあるんじゃないかな、と思います。

  また、久保正行さんの本については、資料室のほか、一般の図書館にもあるんじゃないかな、と思います。今時は、公立図書館の蔵書はインターネットで検索できますので。近くの図書館の蔵書をちょっと検索したら、すぐに出てきましたし。