副検事になるための法律講座

そんなブログ沢山ありそうですが…

刑法その4(令和4年答案構成)

1 じゃあ、今度は刑法のこの問題、いってみましょうか。

  「麓から山を登るように」「知らない問題を解くように」「問題提起を詳しく」です。

「会社員であるAは、勤務先で隣の席に座っているBの卓上にあった限定モデルのパソコン(以下「本件パソコン」という。)をBが夏期休暇を取って出勤していない間に、ひそかに会社の自己のロッカー内の鞄の中に隠した上で、その日に退勤する際、鞄に隠した本件パソコンをAの自宅に持ち帰った。

  この事例について、以下の問1から問4までのそれぞれの場合におけるAの罪責を必要な法的論点を示して論ぜよ。

  なお、問1から問4は、それぞれ別個独立の事案であるものとする。

問1 本件パソコンは、Bが1年前に量販店で万引きをして手に入れていたものであり、Aは、6か月前にBからその事実を打ち明けられて知っていたが、本件パソコンを自己のものにしようと考えて自宅に持ち帰った場合

問2 本件パソコンはBの私物であり、Aは、本件パソコンの自慢ばかりするBのことをよく思っておらず、Bに対する嫌がらせのために、これを隠してその後壊す目的で自宅に持ち帰り、自宅に隠匿していた場合

問3 本件パソコンはBの私物で、Aが持っていない画像処理ソフトがインストールされており、Aは、本件パソコンを用いて自己の保有する動画の編集•加工処理をした後、Bの休暇中にBの卓上に返還するつもりで、2日間だけこれを自宅に持ち帰り、その後、元通りにBの卓上に返還した場合

問4 本件パソコンは別の会社に勤務するCの私物であり、その日の前日にAらの会社を訪れたCが、本件パソコンを使用した後、不在にしていたBの卓上にこれを置き忘れたまま帰ってしまったが、BもCも本件パソコンがそこに置き忘れられたことには気づいておらず、Aは、本件パソコンはBの私物であるとの認識の下に、これを自己のものにしようと考えて自宅に持ち帰った場合」

  小問4連発、長いですね。

2 まずは全体のイメージを。

  刑法各論の窃盗罪のみ、まず間違いなく皆さんが勉強している部分です。内容はほぼ皆さんが分かっているので、こういう問題も、意外と法的思考力や原理原則を踏まえた検討力、そこを理解した上での問題提起の力で差がつくと思います。だって、そこ以外は差がつかないですから。

  そして小問が多いので、いかに短い文章で内容を濃くできるか、も大事です。

3 まずは書き出しから。

「いずれの問題も、Aが勤務先のBの卓上から本件パソコンを自宅に持ち帰っていることから、客観的には窃盗罪が成立する様に見える。」

くらいでしょうか。窃盗罪の細かい構成要件該当性は、各小問ごとに、設定に合わせて検討した方が論じやすそうなので、書き出しはあっさりした方が良さそうです。共通の条件があれば、総論で論じても良いのですが、結構小問ごとに条件が異なるし、各小問は別個独立の事案、とされているので、個別検討が適していそう、ということです。

4 問1について

  問題提起の仕方は、色々工夫できると思いますが、できる限り条文から出発するのがシンプルで間違いが少ないです。

「問1では、本件パソコンはBが量販店で万引きしたものであるから、その所有者は量販店であって、Bは本件パソコンの所有者ではないし、Aもそのことを認識した上で本件パソコンを自宅に持ち帰っている。このような場合でも、Aに窃盗罪が成立するのか、『他人の財物を窃取した』の解釈が問題となる。」

とかはどうでしょう。この「他人の財物を窃取した」という文言は、解釈の対象としてはやや長い気もします。ほかの問題提起の仕方としては、「窃盗罪の保護法益が何であるかが問題となる。」というのも考えました。ただ、保護法益の検討は、むしろ文言解釈をする際の指針かな、と思いました。あと、実際に論文を起案する際は、プレッシャーもあるし時間的制約もあります。ややこしいことを考えず、シンプルに条文の文言に引っ掛けた問題提起でいいでしょう。

  その上で解釈です。

「窃盗罪の保護法益は、究極的には所有権であるが、所有権のみに限定されるものではない。なぜなら、リース契約等の様々な契約関係等によって、財物の所有と占有が一致しないことは、社会内において一般的となっている。そして、占有権者は、占有する財物を自由に利用、処分できるのであって、それ自体法的な保護に値する権利と認められる。他方、刑法は、占有を伴わない財物について、占有離脱物横領罪(刑法254条)を定めている。そうすると、窃盗罪の保護法益は、所有権そのものではなく、占有権と解するべきである。従って、『他人の財物を窃取した』とは、他人の占有する財物を窃取することであると解される。」

とかどうでしょう。例によって勉強していないので、適当にでっち上げた論証です。この部分は、あまり参考にせず、ちゃんとした文献で皆さん勉強してください。

  あてはめです。

「Bは量販店で本件パソコンを万引きしたが、それから1年間が経過している。その間、Bは本件パソコンの占有を継続しており、Bの本件パソコンに対する占有は、それ自体他人から法的に保護されるべき状態にあると認められる。Aも、Bが長期間本件パソコンを専有していることを認識している。そして、夏期休暇中とはいえ、勤務先のBの卓上にある本件パソコンは、未だBの占有下にあると認められる。これを自己のものにするために自宅に持ち帰ったAの行為は、Bの本件パソコンに対する占有を侵害したものであり、窃盗罪が成立する。」

でしょうか。窃盗の既遂時期を、ロッカーの鞄内に隠した時点、とか論じることもできますが、時間が足りますかね。書くとしても、ちょっと触れるくらいで十分でしょう。

5 問2について

  この問題提起は、条文解釈に持ち込むのは難しいですね。条文に書かれていない「不法領得の意思」という要件の問題だからです。こんなんでどうでしょう。

「問2では、Aは本件パソコンを、最終的には壊す目的で自宅に隠匿している。そうすると、Aには窃盗罪ではなく、器物損壊罪(刑法261条)に該当するようにも思われる。そこで、両罪の区別が問題となる。」

  ただ、こういう他の犯罪との関係から条文を解釈するのって、結構高度なことのように思うのですが。ここの問題提起って、多くの方ができるのでしょうか。できるとしたらレベル高いですね。

  解釈です。

「窃盗罪も器物損壊罪も、他人の財産権を侵害する点は共通している。そうであれば、窃盗罪が器物損壊罪よりも重く処罰されている理由は、窃盗罪の利欲的な面に求められるべきである。従って、窃盗罪は、条文には記載されていないものの、利欲的な意思として、『権利者を排除して、財物の権利者のように振る舞い利用処分する意思』を要件としていると解するべきである。判例も、これを『不法領得の意思』として窃盗罪の要件であると解している。」

  まあ、判例をよく勉強していれば、もっと理由を書けるのかもしれませんが。勉強してなきゃ、こんなもんでしょう。「利欲的な面に求められるべき」なんて、ほとんど理由になってません。こういう時の必殺技は「判例同旨」です。何たって最高裁判例なんですから。実務的には文句のつけようがありません。

  なお、「不法領得の意思」の定義は、はるか昔の受験時代に「ハイショブッケリショ」という呪文で暗記したことがありました。もちろん、記憶が薄れているので、適当に書いたものです。まあ、そんなに違ってないとは思うのですが。

  あてはめです。

「問2では、Aはその後壊すつもりで本件パソコンを自宅に隠匿していたのであるから、不法領得の意思は認められない。Aには、本件パソコンを破壊目的で自宅に隠匿し、その効用を害したことから、本件パソコンについて器物損壊罪が成立するにとどまる。」

でしょう。微妙に、「隠匿」も「効用を害している」ので「損壊」の中に含まれることを意識してみました。

  実務でこういう事件が来たら、パソコンを解析して、Aが自宅に持ち帰った後で本件パソコンを利用した痕跡がないか捜査して、利用の事実が立証可能かを明らかにするでしょう。事実認定の問題として勝負するのです。ただ、こういう論文の問題では、与えられた条件については、「それが真実である」という前提で回答するというのが暗黙のルールです。私も、初めて法律を勉強した時に、ここに違和感がありました。「本当に壊すだけのつもりだったかが問題なんじゃないの?」と、事実認定に意識がいってしまったんですね。事実認定は、副検事に任官すれば山ほどやりますから。慌てなくてOKです。

6 問3について

  使用窃盗の問題ですね。でも、「使用窃盗」なんて言葉は条文には書いてありません。うまく問題提起しましょう。

「問3では、Aは、本件パソコンの画像処理ソフトを利用した上で、Bの休暇中に元通りにBの卓上に本件パソコンを返還する意図で自宅に持ち帰り、その通り返還した。すると、Bにとっては、元通りに本件パソコンが戻ってきており、何ら法益侵害がなく、窃盗罪が成立しないようにも思われる。そこで、このように単に一時使用した後で返還する行為も窃盗罪の「窃取した」に該当するのかが問題となる。」

  最後に、「いわゆる使用窃盗の可罰性が問題となる。」と書くことも考えられます。ただ、こういう条文に記載のないキーワードを使って問題提起を書いてしまうと、キーワードに頼ってしまいがちです。あえてキーワードを使わないで問題提起を書くことで、条文の文言を出発点とする問題提起を大事にできるようになります。

  解釈です。

「この点、極めて短時間、他人の自転車を使用してすぐに返還する意図の下、実際にその通り自転車を使用して返還した場合などについては、財物の消耗等もほぼなく、占有侵害も極めて軽微であることから、いわゆる『使用窃盗』として、そもそも刑法235条の『窃取した』に該当しないと解すべきである。」

  ここで「使用窃盗」のキーワードを出したのは、一応言葉を知っている、というアピールです。元々法解釈で出てきた用語ですから、問題提起ではなく解釈部分で出すのが良いと思います。

  あてはめです。

「問3では、Aは画像処理ソフトを利用した上でBの卓上に本件パソコンを返還しており、本件パソコンの消耗はほぼ皆無であると言える。しかし、Aは、2日間もの時間、本件パソコンを自宅に持ち帰っており、その間Bの占有侵害を継続したのであるから、占有侵害の程度は到底軽微とは認められない。確かにBは夏期休暇中であるが、休暇中であっても、Bの勤務先卓上にある本件パソコンに対する占有は消失する訳ではなく、法的保護に値する。Aには、窃盗罪が成立する。」

  書きながら、本件パソコン自体に記録されたBの個人情報等へのアクセスが可能になったこと自体、Aの本件パソコンに対する強力な利用である、とか論じることも頭をよぎりました。ただ、長くなりすぎ、時間的に厳しいのと、問3の出題意図はそこではないんだろうな、という読みから、書きませんでした。どうでしょう。

7 問4について

  問題提起がちょっと書きづらいですね。

「問4では、Aは本件パソコンをBのものと思って自己のものとするために自宅に持ち帰っており、Aの認識を前提とすれば、窃盗罪が成立しそうである。しかし、客観的には、本件パソコンはCに所有権があるが、Cは前日にBの卓上に本件パソコンを置き忘れられ、しかもそこにおき忘れたことに気づいておらず、Cには本件パソコンの占有は認められない。Bには、もちろん本件パソコンに所有権も占有権もない。このような場合に、Aに窃盗罪の成立が認められるであろうか。」

というぐらいでどうでしょう。

  本問は、解釈ではなく条文操作の問題なので、いきなりあてはめで良いと思います。

「いかにAが窃盗罪の認識で本件パソコンを自宅に持ち帰ったとしても、客観的に窃盗罪の構成要件を満たしていなければ、Aに窃盗罪は成立しない。本件パソコンの所有者であるCは、本件パソコンを前日にBの卓上に置き忘れ、置き忘れた場所を認識しておらず、占有を認める余地はない。Bは当然本件パソコンを所有、占有するものではない。従って、本件パソコンは、客観的には、誰の占有にも属しないものである。Aが誰の占有にも属しない本件パソコンを自宅に持ち帰ったとしても、何ら本件パソコンの占有を侵害するものではなく、Aには窃盗罪は成立しない。Aは、Bが所有、占有するものと誤認して、Cの所有物であり、かつCの占有を離脱した本件パソコンを、自己のものとするため自宅に持ち帰ったものであり、Aには占有離脱物横領罪が成立する。」

でどうでしょう。厳密には、窃盗の犯意で占有離脱物横領罪を犯した錯誤と縮小認定の論点が出てきます。ただ、そこまで書いてる時間はないでしょう。ここまで書くのに、問題文を含めてですが、タブレットで2時間以上かかっています。かなり端折ったつもりでしたが、手書きで1時間で書き切れる分量になっているか、心配です。

  また、本件パソコンについて、Aらの勤務先に占有が認められるかも一応論じられます。ただ、結論としては、Cは他の会社に勤務する者であり、忘れ物として届けられたわけでもない本件パソコンについて、Aらの勤務先の占有は認められないでしょう。問題にわざわざ「他の会社に勤務する」と書いてあります。そこは論じなくても良い、というサインと信じました!

8 長くなってしまいました。以上です!